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噴火から25年… 今も消えない雲仙普賢岳火砕流の悲しい記憶

   


長崎であの大火砕流が起こった

1991年6月3日、普賢岳で発生した大火砕流は、消防団員や報道関係者など43人の命を奪った

6月7日には島原市の一部、8日には深江町の一部で警戒区域が設定され、以降順次拡大された

このように火砕流による多数の犠牲者が発生したのは、その危険性について当時、充分な認識が広まっていなかったことが背景にある

あれから25年、犠牲者への弔いは続く

雲仙・普賢岳の大火砕流から二十五年となった三日、被災地の長崎県島原市で追悼式典が開かれ、遺族らが黙とうした

大火砕流が起きた午後4時8分には市内にサイレンが鳴らされ、火砕流犠牲者に黙とうがささげられます

犠牲者を追悼する島原市の式典は5年ぶりに開催され、遺族や市民ら約300人が参列した

災害の教訓をどう伝承し、新たな危険にどう備えていくか、改めて考える一日となります

火砕流や噴火の様子などを撮影していた「定点」と呼ばれる場所には、午前に開かれた市主催の追悼式典に続いて遺族らが参集

古川隆三郎市長は「活力ある地域社会の形成を実現することが、犠牲となった皆さまへの供養になると信じている」と述べた

関係者や遺族もあの時を忘れていない

遺族「正義感、責任感が強かったそうなので、自分も今回、父親として父の姿を見習い、守っていきたい」

噴火災害の脅威を子どもの世代に伝え、風化させないよう努めていきたい

島原市の元消防団員、喜多淳一さん(63)は「仲間が死ぬとは思ってもいなかった。自然の脅威に対する人間のおごりが災害を大きくした」と指摘

シンポジウムまで開催されたという

各地の災害の語り部が集まるシンポジウムが29日、同県島原市の島原復興アリーナで開かれた

長井氏は「全国の語り部が、課題や成功例を話し合える場をつくりたい」と語った

出席者らは当時を振り返り、熊本地震にも触れながら被災地支援のあり方などに意見を交わした

ネット上ではいろいろな声が出ている

お疲れ様です。
今日は6月3日。雲仙普賢岳大火砕流から25年を迎えました。月日が経つのは早いものです。当時、住んでいた熊本市内には灰混じりの雨が降ってきました。犠牲になった方々へ哀悼の意を捧げたいと思います。 pic.twitter.com/0IbwjSKIEw

おはようございます
今日6月3日は雲仙普賢岳祈りの日
1991年雲仙普賢岳で大火砕流が発生し43人が犠牲者となりましたあれから25年になっても忘れられない出来事ですね
今日も皆さんが良い一日を過ごせますように#写真 pic.twitter.com/DmRVIGLxrh

雲仙岳の大火砕流の時、カメラマンだった叔父は、取材準備で一歩出遅れたおかげで巻き込まれずに済みました。亡くなったたくさんの方に合掌。

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